斎藤利光(斎藤利宗)とは 斎藤利三の3男で春日局の兄

斎藤利光(斎藤利宗)

斎藤利光(さいとう-としみつ)は、斎藤利三の3男とされ、戦国時代の1567年に生まれました。
母は、稲葉一鉄の娘・安(あん)とされます。
なお、現在の解釈では、斎藤利光と言う名は使わず、斎藤利宗(さいとう-としむね)として明記する場合が多いです。
そのため、この記事でも、以後は、斎藤利宗と記載させて頂きます。



斎藤利宗は、父・斎藤利三と共に明智光秀の重臣として仕えていました。
1582年、山崎の戦いでは、兄・斎藤利康と共に羽柴秀吉の先鋒だった高山右近と戦いましたが敗れて明智家が滅亡すると、剃髪(ていはつ)して「立本」と称し、僧侶になりました。
僧侶になったものまでは、命を取らないと言う戦国時代の風潮もあったことも、考慮されていたと推測します。
身柄は細川忠興に預けられていましたが、ほどなく豊臣秀吉から許されて、小牧・長久手の戦いには騎馬で駆けつけると、豊臣勢にとして戦功を挙げています。
その後、朝鮮攻めでは加藤清正の軍勢に加わり戦い、帰国すると還俗して武士に戻り加藤清正の家臣となって、肥後・熊本にて5000石を知行しました。
斎藤利光(斎藤利宗)は、加藤清正十六将のひとりにも数えられます。

1611年、加藤清正が死去すると、居場所を失ったようで加藤家を出奔します。
1629年、妹・春日局の縁で、徳川幕府3代将軍・徳川家光に拝謁すると、常陸・真壁に5000石を与えられ、斎藤利宗は徳川家の旗本として復帰しました。
小田原藩主・稲葉正勝が病没すると、春日局の孫・稲葉正則の家督継承のため、春日局の願いにて、1634年から1638年まで、稲葉正則の後見を務めています。
1647年、斎藤利宗(斎藤伊豆守利宗)は死去。享年81。

1989年のNHK大河ドラマ「春日局」では、少年期を高橋良明さん、その後を森田順平さんが演じられています。

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