藤原繁子をわかりやすく1分で解説【光る君へ】懐仁親王(一条天皇)の乳母

藤原繁子

藤原繁子とは

藤原繁子(ふじわら の しげこ) は平安時代中期の女性・女官で生没年は不詳。
父は右大臣・藤原師輔。
兄弟に藤原伊尹、藤原兼通、藤原安子、藤原兼家、藤原登子、源高明の妻、愛宮、藤原為光、源重信の妻などがいるが、藤原繁子の母は不明。

2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」では、俳優(女優)の山田キヌヲさんが藤原繁子の役を演じられる。


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藤原繁子ははじめ、円融天皇の女御・藤原詮子(東三条院)に仕えた。
980年、藤原詮子が懐仁親王(のちの一条天皇)を産むと、橘徳子(藤原有国の妻)らと藤原繁子(34歳頃?)も乳母を務めている。

まもなく15歳ほど年下の甥・藤原道兼(藤原詮子の兄)と恋愛して妻となると、984年(38歳頃?)に藤原尊子を儲けた。
しかし、栄花物語によると、夫・藤原道兼は娘が生まれても「何ともおぼさず」と冷淡な反応だったようだ。
そのため、藤原道兼とは離婚したのか?、疎遠となっている。

枕草子によると、あるとき、一条天皇が中宮・藤原定子と組んで、乳母の藤原繁子にいたずらで歌を贈り、繁子を悔しがらせている。
ちなみに、一条天皇と藤原定子は、清少納言をからかったこともあるようだ。

正暦3年(992年)?、藤原兼家や藤原道隆から厚遇されていた参議・平惟仲(2歳ほど年下)と再婚。

藤原詮子の弟・藤原道長との関係も深め、藤原繁子は尚侍・従三位となっている。
そして、998年、藤原繁子が54歳の頃に、実娘・藤原尊子(13歳位)が一条天皇の女御となった。
平惟仲が世話をしている。
<注釈> 藤原尊子の父・藤原道兼は995年に死去していた。

なお、一条天皇が即位した際に、藤原繁子は典侍に任ぜられ従三位となり、藤三位(とうのさんみ)あるいは藤典侍(とうのないしのすけ)と呼ばれた。

藤原道長の娘・藤原彰子が入内する際や、中宮になった際にも理髪役を務めている。

1000年、娘の藤原尊子が女御宣下を受けたが、その際、藤原繁子は勅使となった藤原行成と諍いを起こしている。
1001年、夫・平惟仲が大宰府に赴任すると、藤原繁子は典侍を辞任して共に大宰府へ下向した。

寛弘2年(1005年)、夫の平惟仲が大宰府で死去すると、藤三位繁子は強に戻り一条大路の北に好明寺を建立して隠棲した。
好明寺には甥・藤原道長もたびたび訪れ、藤原繁子に何かと援助を行うなど支援している。


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1011年、一条天皇が崩御すると、娘・藤原尊子は1015年に参議・藤原通任と再婚。

1019年まで(73歳頃まで)藤原繁子の消息があるが没年は不明。

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