北条宗時の墓・狩野茂光の墓【宗時神社】行き方・交通アクセス

北条宗時の墓・狩野茂光の墓

北条宗時の墓・狩野茂光の墓

北条宗時の墓・狩野茂光の墓が、静岡県田方郡函南町大竹にあります。
地図を見ますと「宗時神社」と明記されていますが、立派な建物がある訳ではなく、住宅地にもなっている、丘の上に古いお墓が並んでいると言う感じです。
その丘は、裏側が、空堀のようになっているようにも、見えるため、もしかしたら、戦国時代などには、熱海に繋がる街道を監視する、砦としての機能があったのかも知れません。

今回は、その宗時神社(北条宗時の墓・狩野茂光の墓)への行き方として、ご紹介致します。
と申しますのは、訪問する道が、とても分かりにくいためです。



まず、1934年(昭和9年)に開通した、東海道本線の丹那トンネルを越えて、熱海駅から次の駅になる「函南駅」が目印となります。
三島駅からも在来線であれば、次の駅ですが、新幹線は別の線路で、通過しています。

函南駅の線路

函南(かんなみ)の駅から、西へと大通りを少し下って行き、5分~7分ほど歩くと、山口医院さんの手前に、函南べリー薬局さんがあります。
その薬局の東側にある、丘のところに、狭い坂道(舗装路)を登って行けるのですが、その登り坂の途中に「階段」があります。
階段(入口)がある場所ですが、当方のオリジナル関東地図にて、階段の入口を、ポイントしておきましたので、ご参照賜りますと幸いです。

北条宗時の墓

その階段を歩いて登った丘が、宗時神社(北条宗時の墓・狩野茂光の墓)となります。
夏場は、虫除けがあったほうが、良いかも知れません。

北条宗時の墓・狩野茂光の墓

北条宗時は、源頼朝の挙兵に大きく尽力した、北条時政の嫡男で、石橋山の戦いに敗れたあと、伊豆・北条荘への帰還を目指したようです。
湯河原の土肥山から函南の桑原へと降り、平井郷まで戻ったところで、伊東祐親に味方していた、地元・平井郷の名主・小平井久重に、早河付近で討たれたとあります。
伊豆・高源寺がある場所も、桑原ですので、石橋山合戦に向かった道に出て、戻ってきていたとも推測されます。
早河は、函南駅下を流れる冷川だと考えられます。
ココで討たれたと言う事ですと、伊豆・北条氏の館まで、残り8km、歩いて1時間50分の距離ですので、あと僅かでした。

狩野茂光は、工藤茂光とも書く、伊豆最大勢力でもある工藤氏の嫡流で、当時は、北条時政より頼りとされていました。
同じく、石橋山の戦いにて敗れた際に、孫の田代信綱に懇願して介錯され、命を絶ったともされます。
その首でも、北条宗時の郎党が持参していたのか?、それとも、後年、一緒に供養されたのかはわかりませんが、狩野茂光の墓(工藤茂光の墓)もある訳です。
恐らくは、北条宗時と一緒か前後して、函南に降りたところで、傷を負い、田代信綱の介錯にて自刃したものと推測します。



ちなみに、北条宗時を討った小平井久重は、80歳くらいとされる工藤景光(くどう-かげみつ)が捕縛して、1181年1月6日、処刑されています。
工藤景光(くどう-かげみつ)は、石橋山の源氏勢とは別行動しており、甲斐の安田義定らと挙兵し、俣野景久を破っていますが、同じ工藤氏の一族であったと推測されます。
工藤景光の子・工藤行光は、奥州征伐にて武功を上げています。

墓石は、大が北条宗時、小が狩野茂光の墓と云われているようです。

吾妻鏡によると、鎌倉幕府ができて、だいぶあとの話ですが、1202年6月1日、北条時政は、夢のお告げがあり、鎌倉から昔住んでいた伊豆に一時帰ると、北条宗時の追善供養を行ったとあります。
この時に、墓石や神社が、整備された可能性があるでしょう。

宗時神社は?と言いますと、大変失礼ながら、下記の、掘っ建て小屋のようなものが、宗時神社のようです。
消火器は設置されていました。

宗時神社

下記のような古びた案内板もありました。

宗時神社

執権だった北条氏のご子孫さまは、今、すでに、おられないのか?、宗時神社に関しては、なんとかしてあげたいような気持に、かられるところでした。

交通アクセス

JR東海道本線「函南駅」より、約500m、徒歩7分と、歩いて行ける距離にあります。
クルマの場合、付近には止められませんので、駅近くにある「函南町営駐車場」(1時間100円)から、徒歩6分といったところです。

自動車であれば、不動の滝、伊豆・高源寺とセットでどうぞ。

蛭ヶ小島 源頼朝配流の地
北条宗時の解説~石橋山の戦いで逃亡中に討死した経緯
伊豆・狩野城【工藤茂光】(狩野茂光)と最後の城主である狩野道一
北条時政の解説(わかりやすく)~執権としての生涯と牧の方「伊豆韮山にある願成就院」
5分でわかりやすい【源頼朝】の解説「鎌倉幕府・征夷大将軍・鎌倉殿」旧相模川橋脚も (鎌倉殿の13人)
伊東祐親の解説~八重姫の父で源頼朝の命を狙った伊東氏
田代信綱の解説【伊豆・田代砦】伊豆国守だった田代氏
伊豆【高源寺】の解説~源頼朝挙兵軍勢ぞろいの地とも
石橋山古戦場(石橋山の戦い)【源頼朝挙兵】参加武将など合戦経緯と訪問方法(駐車場)
伊豆など関東の史跡めぐりにも便利なオリジナル関東地図

フィードバックする

関連記事一覧

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。