北条氏邸跡(円成寺跡)の解説【鎌倉殿の13人】伊豆・北条荘にある北条氏館跡

伊豆・北条氏館跡

伊豆・北条氏館跡

北条氏邸跡(円成寺跡)は、静岡県伊豆の国市にある国指定史跡です。
平安時代末期から、伊豆・北条荘の豪族である北条氏の館があった場所とされます。

伊豆・北条氏館跡

この伊豆の北条氏館が、使われていたのは、3代執権・北条泰時の頃までと、推定されているようです。

北条氏は、鎌倉幕府にて執権として政権を担いましたが、1333年、足利尊氏によって鎌倉幕府は滅亡しました。



北条一族や家臣らは、鎌倉・東勝寺にて自刃しましたが、生き残った、北条一族の妻・娘らは、鎌倉から逃れて、北条荘に戻ったようです。
その中心となったのが、得宗家最後の当主である北条高時の母・覚海尼(覚海円成)です。

伊豆・北条氏館跡

覚海円成(かくかいえんじょう)は、尼寺「円成寺」を北条氏館跡に築いたとされます。
そして、亡くなるまで約12年、一族の菩提を弔って余生をすごしました。
支援したのは、室町幕府を開いた足利尊氏の弟・足利直義です。

北条氏邸跡

円成寺は室町時代にも尼寺として続き、関東管領・上杉氏の娘などが、尼僧として入ったこともあったようです。
しかし、江戸時代中期に、伊豆・円成寺が焼失すると、廃寺になった模様です。

伊豆・北条氏館跡

跡地は、池の跡や建物跡など発掘調査で確認したあと、埋め戻されたようで、以前は、弥生時代の集落遺跡のように、芝生地帯で、立ち入ることもできない、非公開でした。
しかし、今後、公園整備していく方針のようでして、訪問時には、暫定整備(一部公開)として、往復できる通路(約75m)が、敷地内に設けられていました。

円成寺跡

狩野川の西岸は、江間荘で、2代執権・北条義時が、最初、分家を起こした江間家の北条義時邸跡もあります。

交通アクセス

交通アクセス・行き方ですが、伊豆箱根鉄道の韮山駅から徒歩20分ほどになります。
伊豆・守山城への登山道の入口にもなっており、空き地のような感じですが、道路から入ったところに、数台程度、止められる駐車場もあります。
ただ、いつも、史跡訪問とは関係ない、休憩目的で駐車しておられ、クルマの中でお休みの方が、多い印象です。



色々と周るのであれば、伊豆長岡駅まで行って、レンタサイクル(貸自転車)だと便利です。
駐車場の入口場所は、当方のオリジナル地図にてポイントしてありますので、カーナビ代わりにもお使い頂けますと幸いです。

北条政子産湯の井戸堀越御所跡願成就院八重姫様供養堂などと、セットでどうぞ。

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