蘭方医(らんぽうい) わかりやすく解説

蘭方医

蘭方医学(らんぽう-いがく)と言う意味は、江戸時代の日本に伝えられた西洋医学の事で、その西洋医学に基づいた医者のことを蘭方医(らんぽうい)と呼びます。

江戸時代は、鎖国政策をとったこともあり、医術・医学の中心は、それまで伝わっていた中国医学となる漢方(かんぽう)による「漢方医」が、医者と呼ばれる存在でした。

しかし、長崎出島のオランダ商館に滞在した医師は、累計で63名に及び、商館員の診察や治療を行ったり、長崎奉行の許可を得て、日本人患者の診断もしたり、日本人医師とも交流しました。
こうして、長崎にて蘭方医学を学んだ、日本人医師が登場するようになり、昔からの漢方医と区別して蘭方医と呼ばれる次第です。



漢方は、症状に応じて、薬草などを原料とした薬を処方し、内科的に治療を目指すものです。
今でいう「龍角散」「正露丸」「葛根湯」などが、現在でもお馴染みです。
それに対して蘭方は、外科的であり、器具を使って手術をしたり、科学薬品を用いた薬など、ヨーロッパから伝わった医療技術からと言う事です。

安永3年(1774年)には、前野良沢(まえのりょうたく)・杉田玄白(すぎたげんぱく)らが翻訳した「解体新書」(ターヘル・アナトミア)が、発刊されました。
また、文政6年(1823年)ら来日したドイツ人医師・シーボルトは、長崎で鳴滝塾を開き、西洋の臨床医学教育を伝えています。

そして、蘭学者・緒方洪庵(おがたこうあん)は、大坂に適塾(てきじゅく)を開き、3000人を超える門弟にオランダ語や西洋医学を教えました。

蘭方医が増えるにつれ、従来の漢方医は、藩の御典医を外されるなど、仕事を奪われる事にもなったため、対立もありました。



現在の日本では、医師免許があれば、西洋薬も漢方薬も処方でき、薬剤師免許があれば西洋薬も漢方薬も販売・調剤できるようになっています。
そのため、病院に行っても、比較的、体に優しい、漢方薬が処方されることもあります。

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