平将門とは わかりやすく3分で 平将門の乱

平将門

平将門(たいらのまさかど)は、平安時代中期の武将で、平良将の子ですが、生年は不詳も、903年頃に生まれた模様です。
出自は桓武平氏・高望王流と、桓武天皇を先祖に持つ系統になりますが、宇多天皇の勅命にて平姓を賜与され臣籍降下した氏族です。
そして、父・平良将(たいらのよしまさ)は、898年に鎮守府将軍として下総(五霞町・境町付近か?)へ下向し、県犬養春枝(あがたのいぬかいのはるえ)の娘を妻にし、平将門が生まれたと言う事になります。
なお、任期が切れても京に戻らず、坂東平氏の勢力を拡大して行きました。



平将門は、元服すると平安京に上京して藤原忠平の家臣となりました。
しかし、12年仕えるも、検非違使などの官位を得られなかったため、下総に戻ったとされます。
諸説ありますが、戻ったことで、所領の権利争いとなったのか、常陸大掾だった真壁の源護(みなもとのまもる)らと対立するようになります。
935年に襲撃されると、平将門は反撃に出て、下妻から真壁(まかべ)を攻略し「平将門の乱」での最初の合戦になりました。

これに対して、源護と姻戚関係だった同じ一族・平良正(たいらのよしまさ)は、平将門追討の兵を挙げ、水守から出陣します。
しかし、平将門はこれも打ち破り、本拠の下総国豊田(茨城県常総市豊田)に帰還しました。
逃れた平良正は、上総の平良兼(たいらのよしかね)※平将門の父の兄※に窮状を訴え、936年、平貞盛らとを誘って軍勢を集めると平将門を攻めました。
しかし、平将門と平真樹らは奇襲を持って勝利し、平良兼らは敗走して逃れた、下野国の国府を包囲しています。

なお、源護からは、朝廷に告訴状が出されていたため、平将門と平真樹は召喚命令に従って、平安京に赴いて検非違使庁で訊問を受けています。
ところが、937年4月7日に、朱雀天皇が元服した「大赦」にて、全ての罪が許されました。
そのため、帰国しても、一族との対立は解消されず、平将門は平良兼らの兵を筑波山に駆逐しています。



939年になると、興世王(おきよおう)が、武蔵権守として武蔵国に赴任します。
この時、武蔵の在地豪族である介源経基(清和源氏の祖)と、武蔵武芝が紛争となりますが、平将門が仲裁しました。
ところが、武蔵武芝が、介源経基を討とうとしたため、介源経基は京に逃れています。
また、興世王は、新たに赴任した武蔵国守・百済貞連と対立し、任地を離れて平将門を頼るようになるなどしました。
更に、常陸で不動倉を破った藤原玄明が、平将門を頼ったため、940年に常陸介・藤原維幾とも合戦になります。
なお、下野と上野へも進軍して、支配権を確保し、関東一円を手中に収めて「新皇」を自称して、岩井(茨城県坂東市)に政庁を置きました。
関東に独立国家を築いた形となります。

新皇・平将門が配置した諸国の除目などは下記の通りです。

下野守・平将頼(平将門の弟)
上野守・多治経明(陣頭・常羽御廐別当)
常陸介・藤原玄茂(常陸掾)
上総介・興世王(武蔵権守)
安房守・文屋好立(上兵)
相模守・平将文(平将門の弟)
伊豆守・平将武(平将門の弟)
下総守・平将為(平将門の弟)

これらの件は、さすがに「将門謀反」と朝廷に伝わります。
940年、参議・藤原忠文が征東大将軍に任じられて、平安京から出陣しました。
しかし、藤原忠文が関東に到着する前に、平将門は平貞盛・藤原秀郷らに討たれました。
これは、諸国の軍兵のほとんどを帰国させていたことや、平貞盛と藤原秀郷が軍勢を出したこと察知した、藤原玄茂の武将・多治経明と坂上遂高らが、平将門に報告することなく迎撃して敗走したことなどがあります。
そのため、平将門は、充分な兵力を持って対峙することができず、本拠・石井(岩井市)も攻略されました。
そして、最後は兵も逃げ出し、矢が額に当たって、平将門は討死したと伝わります。
年齢的には38歳くらいだったと推定されています。

平将門の首は平安京へ運ばれ、七条河原にて晒し首となりましたが、日本の歴史上で確認される最も古い獄門の事例となります。



平将門の独立国家は2ヶ月で終焉しましたが、武力による政権設立への道筋を、鮮やかに照らし出した、日本で最初の武将だったのではないでしょうか?

平将門の妻子は下記のとおりです。

正室は、平真樹の娘・君の御前(平良兼の娘)
側室は、桔梗姫(藤原村雄の娘?)

子は、平良門、平将国、平景遠、千世丸、五月姫、春姫(平忠頼の正式)、如蔵尼



平将門はさまざまな形で伝説化し、やがて「怨霊」として恐れられることになります。
3女・五月姫(母は桔梗か?)が、父の復習を果たそうと自ら祈願して妖術を得て「滝夜叉」(たきやしゃ)と言う蝦蟇(ガマ)になったともされます。

2020年3月のテレビ朝日系ドラマ「陰陽師」では、滝夜叉姫を女優の剛力彩芽さんが、医師の助手・如月(きさらぎ)と言う役柄で演じられます。

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