藤原頼忠をわかりやす1分で要点解説【光る君へ】藤氏長者・摂政・関白・太政大臣も

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藤原頼忠

藤原頼忠とは

藤原頼忠(ふじわら の よりただ)は、平安時代中期の公卿で924年に生まれた。
父は藤原北家小野宮流の祖である藤原実頼で、藤氏長者・摂政・関白・太政大臣。
母は左大臣・藤原時平の娘。

2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」では、俳優の橋爪淳さんが藤原頼忠の役を演じられる。


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藤原頼忠は次男だったため、母方の伯父・藤原保忠(藤原時平の長男)の養子に出された。
<注釈> 右大臣・菅原道真を失脚させて大宰府に左遷したのが左大臣・藤原時平

藤原頼忠は941年に従五位下、942年に侍従。
妻は厳子女王(代明親王の娘)、明祐の娘。
子に藤原公任(きんとう)、藤原遵子(じゅんし)(円融天皇の皇后)、藤原諟子(ていし)(花山天皇の女御)などがいる。

947年、兄・藤原敦敏(ふじわら の あつとし)が流行り病により30歳で死去したため、次男だった藤原頼忠が、実父・藤原実頼の嫡男扱いになった。

966年、嫡男・藤原公任(ふじわら の きんとう)が誕生。
967年、冷泉天皇が即位すると、父・藤原実頼が関白に就任。
968年、藤原頼忠も関白の嫡男として従三位・中納言に昇進。

970年、父・藤原実頼が死去すると、円融天皇の直接の外戚である藤原伊尹(九条流)が執政となった。
しかし、藤原頼忠は上位の中納言である藤原兼家・橘好古を越えて権大納言に昇進し、971年には正三位・右大臣に叙任されている。

972年、藤原伊尹が急死すると、円融天皇は摂関を置かずに藤原頼忠を内覧にしようとした。
<注釈> 内覧(ないらん)とは、天皇に奉る文書や、天皇が裁可する文書などを、天皇より先に見ること。
ただし、最終的に内覧には藤原伊尹の弟・藤原兼通が受け、のち関白。
その代わり、藤氏長者は藤原頼忠が務めた。
藤原兼通は不仲であった弟・藤原兼家より藤原頼忠を頼っていたと言う。
974年、藤原兼通が太政大臣になると、藤原頼忠は藤氏長者を藤原兼通に譲っている。
977年、藤原兼通が死去する際、後任の関白に藤原頼忠が就任し藤氏長者にも復した。
978年、娘の藤原遵子が円融天皇に入内し女御になっている。
同じく藤原兼家の娘・藤原詮子は、懐仁親王(のちの一条天皇)を生んだ。
藤原頼忠が太政大臣に進むと、藤原兼家は右大臣に引き上げられている。
984年、円融天皇は花山天皇に譲位。
娘・藤原諟子が花山天皇に入内し女御になっている。

986年、藤原兼家が策謀を講じ花山天皇を出家させると、幼い懐仁親王が即位して一条天皇になった。
そのため、外祖父・藤原兼家が摂政として実権を掌握。
藤原頼忠は関白を辞職した。

989年、藤原頼忠は死去。享年66。


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長男・藤原公任は藤原道長に仕えたが、権大納言までの出世であり、関白などにはなれなかった。

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