尾張・犬山城の解説【日本100名城】現存天守や移築城門と成瀬氏関連

犬山城

愛知県の犬山城と言えば国宝でもあり、百名城、現存天守などでも有名な城で、多くの方が訪問された事があると思いますが、観光地化された天守周囲と城下町以外にも関連施設が多く存在しています。
ここでは犬山城そのものではなく、移築された城門や、江戸時代から現代まで城主を続けた成瀬氏関連、犬山城の前身である木ノ下城の関連施設を紹介していきたいと思います。

犬山城は、天文6年(1537年)に織田信康(おだ-のぶやす)が居城の木之下城を廃し、木之下城の北方を守る砦だった物を改修・造営して作られた城です。

木之下城
木之下城は犬山市犬山愛宕16に位置する愛宕神社を中心とした一帯に築かれており、神社境内には城址碑と看板、土塁跡とされる高台がある他、犬山市犬山南古券272には木之下城伝承館・堀部邸が建てられており、木之下城の資料等も購入する事ができます。
※伝承館、愛宕神社とも駐車場はありませんのでご注意ください。


木之下城城址碑


木之下城看板


愛宕神社


木之下城伝承館・堀部邸


伝承館で購入できる資料

犬山城外堀
伝承館の東側にある道路は犬山城の外堀跡です。
一見すると普通の道路のように見えますが、一部幅が広くなっており宅地化された中でも堀のあった事を伺わせる地になっています。


犬山城外堀跡

各地に残る犬山城の城門

明治時代に入ると、松ノ丸本丸門が浄蓮寺(一宮市千秋町保積塚本22)の山門として移築された事を始めとして、明治4年(1871年)の廃藩置県の際に、全国各地の城郭の多くは廃城・破却処分となり、犬山城の櫓や城門も取り壊される事になります。
明治9年(1876年)犬山城から払い下げられた各所の城門が各所寺院の山門として再利用される事になり、現在に至ります。

松ノ丸本丸城門
浄蓮寺
一宮市千秋町保積塚本22


移築された山門


松ノ丸本丸城門の看板

松ノ丸裏門
常満寺
犬山市犬山西古券281


移築された山門

黒門
徳林寺
丹羽郡大口町余野2-201


移築された山門


黒門の礎石

内田門
瑞泉寺
犬山市犬山瑞泉寺7


移築された山門

矢来門
専修院
丹羽郡扶桑町柏森字乙西屋敷62


移築された山門

城門(不明)
運善寺
一宮市浅井町大日比野字南流1841
※運善寺の城門は明治24年(1876年)に起きた濃尾地震での倒壊後、異なる形で改修が施されましたが、平成5年(1993年)に行われた再改修で当時の姿に近い形に戻されました。


運禅寺山門


看板

犬山城主成瀬氏

成瀬氏四代墓所
移築された内田門がある瑞泉寺にほど近い臨渓院には成瀬氏四代の墓所があります。
犬山市犬山瑞泉寺26

成瀬城
尾張成瀬氏発祥の地は、愛知県豊田市足助にあった成瀬城です。
郭の一部は削平され、一時期は養護施設が建設されていましたが、現在は建物も取り壊され空き地になっています。
残された南半分の山林内に郭や土塁と思われる箇所が残されています。
豊田市近岡町皿坂9-3

(寄稿)だい

日本全国の城跡オリジナル地図

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