毒沢城跡

毒沢城跡

毒沢城跡について

所在地:〒028-0152 岩手県花巻市東和町毒沢
和賀氏の重臣である毒沢氏が築いたとされています。
中世(西暦1300年代)のころ、山を削って平地を確保し、
「同心円状悌郭式」と呼ばれる城郭をしています。
毒沢氏は「源姓和賀家系図」によれば、和賀氏18代政義の三男盛義が
貞治5年(1366)に毒沢に200余町を賜って移り住んだそうです。
以後、毒沢氏の城として重要拠点となっています。
天正18年(1590)に豊臣秀吉の奥羽仕置にあい、
毒沢城を追放されてしまいます。
毒沢氏は224年間、この城を拠点としました。
追放された毒沢義森は、慶長5年(1600)に和賀氏一揆に加わり敗れ、
慶長6年(1601)に主君である忠親と共に仙台で自刃し、
そのお墓は国分尼寺にあります。
義森の孫の勝子姫は伊達政宗の側室となり、
その子供である宗勝は一関3万石の藩主となっています。

写真の階段を上がって10分程で山頂に到着します。
途中に湧水があります。
トイレは上にはありません。
北側には駐車場があります。
駐車場は県道284号線沿いです。
丹内山神社方面から県道284号線を西に走行し、
国道456号線をこえて少し走った辺りです。

最寄り駅は
JR釜石線「晴山」駅4.3キロ(徒歩1時間)5.5キロ(車9分)、
もしくは「土沢」駅5.6キロ(徒歩80分・車9分)です。

なお、この城は常時に居住していた城ではなく、
非常時における防御の城であると思われています。

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コメント

  1. 毒沢城か一回行って見たいな

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