築土神社の解説~御神体は平将門の首桶だった?東京・九段下ビルの谷間にある由緒ある神社

築土神社

築土神社とは

築土神社(つくどじんじゃ)は、東京都千代田区九段にある神社です。
トップ写真のようにビルとビルに囲まれた一等地にあります。
祭神は天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)で、平将門菅原道真を配祀されています。
そのため、勝負運のご利益があるというので有名な神社・パワースポットとなっています。
下記写真は正式な正面からの参道て、ビルの建物下となる通路を通行すると奥にあります。

築土神社

現在の場所とは異なりますが、平安時代の940年2月、藤原秀郷・平貞盛らによって討伐された平将門が平安京でさらし首になると、その首は関東に飛んで行ったとされます。
基本的には誰かが首を奪って江戸に逃れて来たと言う事になり、大手町に平将門の首塚がありますが、神田神社や築土神社にも、平将門の首伝説がある訳です。


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築土神社の場合、940年6月、大手町に平将門の首塚が築かれたので、津久戸明神として創建したのが始まりとされます。
なんでも、平将門の首(頭蓋骨や髪の毛)そのものが、津久戸明神に安置されていたと伝わりますが、ご神体は平将門の首桶だったともされます。
当時、大手町も含めてこの付近は津久戸村と呼ばれていました。
室町時代の1478年、太田道灌によって、津久戸明神は田安に移転され、田安明神と呼ばれました。

築土神社

江戸時代に入ると、1616年、江戸城の拡張工事にて筑土八幡町に移転すると「筑土八幡神社」が鎮座していた高台を「筑土山」と称していたため、今度は「築土明神」と呼ばれました。
明治7年、築土明神から築土神社に改名され、天津彦火邇々杵尊が主祭神となります。
しかし、1945年、東京大空襲によって全焼し、平将門の首桶も焼失。
1954年、再建されますが、現在の九段中坂の途中にある世継稲荷神社の境内に建てられました。
1994年、鉄筋コンクリート造の社殿に新築されています。

築土神社

日本武道館は築土神社の氏子です。

交通アクセス

九段下駅1番出口を出で後方側の通路より徒歩2分。
ビルとビルの間の歩行者用通路を抜けて行くと言う感じです。

靖国神社も近くにありますので、セットでどうぞ。

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