岩津城のちょこっと解説~松平泰親が進出したことで松平氏の勢力拡大に

岩津城

岩津城

岩津城 (いわづじょう) は、愛知県岡崎市岩津町東山にある山城。
三河物語によると、松平氏2代・松平泰親が応永28年(1421年)に、加茂郡松平郷から岩戸大膳(岩津大膳・中根大膳)から岩津の城を奪って進出したとある。
なんでも満月の夜に岩津城を急襲して攻め落とし、岩津・松平家が誕生のきっかけを作った。
松平泰親は更に安祥城も落として居城を移すなど、松平氏の勢力拡大に尽力しているため、この活躍がなかったら徳川家康も天下をとることができなかったかも知れない。
子の松平信光は、岩津城を拠点とする岩津松平家の祖となっている。

岩津城

1508年8月、今川氏親の命を受けた伊勢宗瑞が大樹寺を本陣にして岩津城を攻撃している。
この時、援軍として安祥城の松平長親が井田野に進出し今川勢は撤退するも、以後、岩津・松平家は衰退した。


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1571年、武田信玄が三河に侵攻した際に一度廃城になったようだ。
しかし、1584年、小牧・長久手の戦いの際に徳川家康が改修したと考えられている。

詳しくは下記でもご紹介している。

岩津城 ~三河・松平氏飛躍の城~
井田野の戦いの解説~松平氏菩提寺「大樹寺」との関係も【どうする家康】
三河・井田城の解説~酒井忠次が生まれた岡崎の本拠地
松平忠定「深溝城」松平伊忠のちょこっと解説~深溝松平氏

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