辻堂諏訪神社・上社下社両方を祀る「両諏訪神社」~鎌倉時代から戦前、そして現代まで見守る~
神奈川県藤沢市辻堂元町3ー15ー15所在の辻堂諏訪神社を紹介します。
「おすわさま」として地元では古くから親しまれてきました。
別名を「辻堂両諏訪神社(つじどうりょうすわじんじゃ)」といい、
長野県諏訪市にある「上諏訪神社」「下諏訪神社」の両方を祀っています。
全国に数ある「諏訪神社」ですが、この辻堂の諏訪神社の様に、
一つの社に二つの神坐を有し、
お祀りしているのはかなりめずらしいのだそうです。
ご祭神:
建御名方神 ( たけみなかたのかみ )<夫>
八坂刀売神 ( やさかとめのかみ )<妃>
祭礼:
7月20日 例祭(れいさい)
7月25日 例祭(れいさい)
[おわたり (おわたり)]
[神幸祭 (しんこうさい)]
7月26日 例祭(れいさい)
[宵宮まいり (よいみやまいり)]
[宮参り祭 (みやまいりさい)]
創建・由緒:
建立は平治年間(1159)と伝わります。
鎌倉時代前後には「武勇の神」として、
武家や豪族に諏訪もうでが推奨されたそうです。
江戸時代に入り、
寛永8年(1631)と文政7年(1824)の二度の火災や
大正時代の関東大震災で倒壊してしまいましたが、
その都度すぐに再建されました。
そして、時代は流れて第一次世界大戦以後に、
再び「武勇の神」として地元から出征者が出る時は
両諏訪神社にて儀式をしてから盛大に見送りをしたそうです。
日露戦争の慰霊碑もあります。
毎年7月26日27日に開催される辻堂諏訪神社例大祭には
人形山車(藤沢市有形民俗重要文化財)が神社周辺を曳航します。
人形は東町の源頼朝、西町の源義家、
南町(宮元)の武内宿禰、北町の神功皇后人形の四基です。
昭和39年まで行われ、その後老朽化のため、長らく中断していましたが
この山車は本殿が再建された平成12年に復活しました。
従って、私が辻堂に住んでいた時は丁度中断した時期で、
それで知らなかったのでした。
人形山車が出る前に宮神輿も渡御します。
この神輿のいずれかはわかりませんが、
元々は天王社にあったものを奉納しています。
天王社とは、
辻堂諏訪神社を守る北の守護として建立されたと伝わります。
そして神仏習合の名残で梵鐘がありました。
けれども、建立当時から存在したと伝わる梵鐘は、
太平洋戦争の時に強制供出されました。
戦後の昭和31年に二代目として奉納され、
平成に入り、鐘楼が再建されました。
本殿も平成12年に再建され、
旧本殿は八松稲荷社の本殿として移築されています。
アクセス:
JR東海道線「辻堂」駅南口
徒歩10~15分
この界隈は「京、鎌倉往還道」と呼ばれる昔ながらの道で
道幅が狭く、曲がりくねっています。
神社付近には駐車場もありません。
従って、駅から徒歩で行かれるのが一番良いと思われます。
当時の面影があり風情が楽しめます。
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